信じることと、確かめること ── お釈迦さまは信(信仰)をどう扱ったか

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信じることには、たしかに力がある

はじめに、信じることの効用を正面から認めておきたいと思います。これを認めないまま信仰を語るのは、おそらく公平ではありません。

わたしも例外ではなく、一時期、信仰によって自分の精神を均衡に保っていました。

画像はイメージです。

わたしたちは、何ごとも確かめてから動くわけではありません。確かめている時間もなく、確かめる手段もないなかで、それでも一歩を踏み出さなければならない場面があります。

そういうとき、信じるという態度は、行為を可能にしてくれます。先が見えないからこそ、信じることで足が前に出る。これは、人が生きていくうえで欠かせない働きです。

信じることは、人と人をつなぎもします。同じものを信じる者どうしは、言葉を尽くさなくても通じ合い、ひとつの共同体としてまとまることができます。

そして何より、信仰は心を安定させます。手に負えないものごとを前にして、それを大きな何かに委ねることができれば、人はうろたえずにいられます。

ですから、信仰を頭から否定するのは、的を外しています。問題は、信じること自体にあるのではありません。問題は、信じるという態度がどういう構造を持っているのか、その構造が何を見えなくさせるのか、というところにあります。

信仰には、固有の構造がある

お釈迦さまが生きておられた時代、すでに信仰を伴うさまざまな団体が存在していました。

祭祀の効き目、目には見えない神々、死後にたどり着く先──こうしたものごとは、人の経験ではどうやっても確かめようがありません。

わたしが出家し所属していた寺院では、目に見えない世界の一部を垣間見てはいましたが、それでも多くは、確かめようがないからこそ、それらは「信じる」という態度によってのみ受け取られていた側面があったことも事実です。

ここに、信仰という営みの基本的な構造があらわれています。信仰とは、突きつめれば、見えないものを見えないまま受け取ることです。確かめられない領域があり、その領域を確かめないまま引き受ける。その引き受け方こそが、信仰と呼ばれるものでした。

この構造には、たしかに利点があります。確かめられないものを確かめないまま受け取れるからこそ、人は不安に押しつぶされずにいられる。けれども同じ構造が、ひとつの代償を伴います。見えないものを見えないままにしておくということは、そこに何があるのかを、人が自分の手で確かめる道をあらかじめ閉ざしてしまう、ということでもあるのです。

こころの動きについても、同じことが言えます。なぜ自分は苦しむのか。なぜ手放せないものに執着するのか。こうした問いの答えは、たいてい見えない領域に押し込められたまま、「そういうものだ」として受け取られてきました。こころの機微は、信仰の薄い膜に覆われて、人の思考が届かない場所に置かれていたのです。

お釈迦さまが、なさったこと

お釈迦さまの独創は、まさにここにあったとわたしは考えています。

お釈迦さまは、見えないまま放置されていたこころの機微を、人が思考できる領域へと手繰り寄せました。神々や祭祀の力に答えを委ねる代わりに、いま、ここで起きている経験そのものへと視線を引き戻したのです。

画像はイメージです。

苦しみがどこから来るのか。その問いに、お釈迦さまは見えない原因をあてがいませんでした。代わりに、誰もが自分の内側で追いかけられる過程を示しました。何かに触れ、そこから感じが生まれ、その感じをめぐって思いが膨らみ、ついには囚われが生まれる──こうした連鎖は、超越的な領域の出来事ではありません。注意深く見れば、自分の経験のなかで一つひとつたどれるものです。

これは、信仰の構造を反転させる出来事でした。

信仰が「見えないものを見えないまま受け取る」態度だとすれば、お釈迦さまがなさったのは、見えないとされてきたものを見える場所へ引き出し、思考の射程に収めることでした。委ねるのではなく、確かめる。受け取るのではなく、見る。お釈迦さまの思想には、しばしば「来て、見なさい」という性格が宿っています。

信じよ、ではなく、自分で来て確かめよ、というのです。

信じることは、否定されなかった

ここが、いちばん誤解されやすいところだと思います。

お釈迦さまは、信じることそのものを退けたわけではありません。これを取り違えると、「お釈迦さまは信仰を捨てて思考に置き換えた」という、単純すぎる対立図式になってしまいます。実際には、信は最後まで大切なものとして語られ続けました。

では何が変わったのか。信じることの置かれる場所が変わったのです。

ある村の人々が、さまざまな教えを説く者たちのあいだで何を信じればよいか分からず、お釈迦さまに教えを請うたという話があります。

そのときお釈迦さまは、次のように答えたと伝えられています。

言い伝えだから、権威ある者が言うから、筋が通っているように見えるから、というだけで信じてはならない。自分で確かめ、これは善いことだと自分の経験において見きわめたときに、はじめてそれを受け入れなさい

ここで信は、否定されていません。けれども、信は終着点ではなくなりました。信は、確かめることの入り口へと置き直されたのです。

まず仮に信頼し、その信頼を手がかりに自分で歩いて確かめ、確かめた末に確信へ至る。根拠を持たない盲目の信頼と、確かめる過程に開かれた信頼とは、別ものです。お釈迦さまが大切にしたのは、後者でした。

つまり、信仰は静的な態度から動的な過程へと組み替えられたのです。見えないものを見えないまま抱え続ける態度から、見えないものを見える場所まで引き寄せていく、その歩みを最初の一歩としました。

信と思考は、相反するのか

ここで、一つの疑問が立ちあがります。信じるというこころの構えと、踏みとどまって確かめる思考とは、そもそも両立するのでしょうか。

信じることが「委ねて前へ進む」ことだとすれば、確かめることは「立ち止まって留保する」ことです。運動の向きが、ちょうど逆になっていることがわかります。一方は不安を覆い、もう一方は不安をあえて引き受けたままにする。この二つは、互いを打ち消し合うのではないか。

この緊張は、たしかに実在します。なかったことにはできません。そして見落としてはならないのは、お釈迦さまがこの緊張を打ち消そうとはしなかったことです。むしろ、信じる力と確かめる力を、釣り合わせるべき一対として扱いました。

信じる力が勝ちすぎれば、人は盲目に傾く。確かめる力が勝ちすぎれば、人は理屈をもてあそぶ悪賢さに傾く。だから両者は釣り合っていなければならない、としたのです。

ここに大切な含みがあります。緊張があるからこそ、均衡が要請されるのです。もし信と思考がはじめから仲良く調和しているのなら、わざわざ釣り合わせよとは言われません。釣り合わせよと説かれるのは、放っておけばどちらか一方へ倒れてしまう、互いに引き合う力だからです。

お釈迦さまは、相反を否認したのではありません。相反を認めた上で、それを消さずに、張力として保とうとしたのです。その態度は、あるバラモンの青年に向けた言葉のなかに、はっきりと刻まれています。

Saddhā ce pi, bhāradvāja, purisassa hoti, ‘evaṃ me saddhā’ti iti vadaṃ saccam anurakkhati, na tv’eva tāva ekaṃsena niṭṭhaṃ gacchati: ‘idam eva saccaṃ, mogham aññan’ti.
──人に信があるとして、「私の信はこうである」と言うのであれば、その人は真理を護っている。だがそれだけでは、「これだけが真理であり、ほかはすべて虚妄だ」と一方的に断じるには、まだ至っていない。
(チャンキー経 MN 95)

ここで戒められているのは、信を持つことではありません。信を「これだけが真理だ」という断定へと固めること、ただそれだけです。信じることは許されている。押しとどめられているのは、「独断への戒め」なのです。

そう考えると、信と思考が本当に打ち消し合うのは、ある一点においてだけだと見えてきます。信が「開いた信頼」から「閉じた確信」へと凝固したとき──そのときにだけ、思考は締め出されてしまいます。

けれども信を開いたままであるかぎり、両者は相反しません。それどころか、信は思考を支えます。この道は歩く値打ちがあるという見込みがなければ、人は骨の折れる吟味をそもそも始めようとしないからです。

確かめるに値すると見込むこと、それ自体がすでに一種の信頼です。開いた信頼は、思考の敵ではなく、むしろ思考が動き出すための前提なのです。

ですから、踏みとどまって確かめる思考とは、信を打ち消す働きではありません。信が閉じた確信へと滑り落ちようとする、その瀬戸際を見張り、踏みとどまらせる働きです。

信を消すのではなく、信を開いたままに保つ構造を持った時、はじめて思考は、信仰の番人として働いているのです。

概念化という、静かな反転

ところが、お釈迦さまが亡くなったあと、長い時間をかけて、ひとつの反転が起こりました。

動的な過程として置き直された信が、ふたたび静的な対象へと固まっていったのです。「まず信頼し、自分で確かめ、確信へ至る」という歩みのうち、最初の「信頼」だけが切り離され、それ単独で完結する態度として固着していきました。確かめる過程は背景に退き、信じることそのものが目的になっていったのです。

これが、宗教化という出来事の正体だとわたしは考えています。

宗教化とは、お釈迦さまの特別な思考の形態が、一つの教義へ、帰依すべき対象へ、拝むべき像へと概念化されていく過程でした。生きた歩みが、固定された何かへと結晶する。手繰り寄せる動作が、手繰り寄せた先の対象へとすり替わる。

その結果、何が起きたか。お釈迦さまがあれほど手間をかけて思考の領域へ引き出したものが、ふたたび見えない信仰の領域へと押し戻されてしまったのです。こころの機微は、もう一度、確かめられないものとして膜に覆われる。委ねるべき対象が立ち上がり、人はその前で確かめることをやめる。

これが、「真髄から信仰が遠ざかっていく」ということの構造です。

遠ざかるとは、距離が開くことではありません。向きが反転することです。経験へと引き戻された視線が、ふたたび経験の外へと向け直されてしまう。せっかく見える場所へ出てきたものが、また見えない場所へ帰っていってしまったのです。

おわりに ── 遠ざけているのは何か

ここまで来て、ひとつの結論を得ることができます。

お釈迦さまの思想の真髄を遠ざけているのは、信じるという態度そのものではありません。信じることには、はじめに認めたとおり、確かな利点があります。遠ざけているのは、信じることを動的な過程から静的な対象へと固着させてしまう構造のほうです。

この区別は、見過ごされがちです。なぜなら、固着した信仰は、こころを楽にしてくれるからです。確かめ続けるのは骨が折れます。見える場所に引き出したものを見つめ続けるのは、不安を伴います。それよりも、確かめることをやめて委ねてしまうほうが、はるかに安らかです。

だからこそ、信は放っておくと静的な対象へと固まりやすい。反転は、誰の悪意によるものでもなく、ただ楽なほうへと自然に滑り落ちていく傾きとして起こります。

お釈迦さまが残したのは、おそらく、この傾きに抗い続ける構えそのものでした。見えないものを見える場所へ手繰り寄せ、そこにとどめ、思考の射程から逃さない。信じることを、確かめることの入り口にとどめ、終着点にさせない。

その構えが緩むたびに、手繰り寄せたものはまた見えない場所へ帰っていきます。ですから問われているのは、信じるかどうかではなく、信じたあとに歩みを止められるかどうか、信仰の深淵へと滑り落ちていく瀬戸際を理解しているかどうかなのではないでしょうか。

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