雑記– category –
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雑記
現象学と初期仏典から宮沢賢治『春と修羅』序を読む
宮澤賢治『春と修羅』序の「わたくしといふ現象は」を、フッサールの現象学と初期仏教の縁起・無常の思想から読み解きます。「明滅しながらともりつづける」灯りとしての自己像が、100年後のわたしたちに語りかけるものとは。 -
雑記
「みんなのため」がうまくいかないのはなぜか——集合行為問題
「自分一人くらい大丈夫」がなぜ全体を壊すのか。社会科学の「集合行為問題」を、初期仏典の無我・縁起・三毒の視点から読み解きます。制度設計だけでは届かない、「自分とは何か」を問い直す必要性を論理的に考察してみます。 -
雑記
消えていった風景
効率化と情報の嵐が「生老病死」をブラックボックス化し、すでに生きてきた人の「生きる手触り」さえ奪っていく。万能感の空気と注意の収奪を見つめ、出口の糸口を探ってみました。 -
雑記
執着の残骸と、サンガの自立
はじめに 時間を今から7年ほど前に戻してみます。 現代社会において、地縁や血縁といった「中間コミュニティ」が希薄化する中で、その頃、わたしは言いようのない寂しさと不安を抱えて生きていました。 かつての人間同士の繋がりの中にこそ「生きる喜び」... -
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社会が作り出す目に見えない世界
かつての「霊的な恐怖」は、いま「他者の苦しみ」への忌避に取って代わられた――。効率化の影でブラックボックス化される生老病死。市場経済が奪い去った「生きる手触り」と、沈黙を許さない現代社会の病理を考察します。 -
雑記
清潔で便利な世界で、なぜこころは晴れないのか
清潔で便利な社会に生きながら、なぜわたしたちはどこか晴れない不安を抱えるのか。警鐘が届かなかった構造と、「生の手触り」が失われていく過程を考えます。 -
雑記
効率化の果てに捨ててきたもの
現代社会は、生老病死を見えないものとして切り離してきました。老いと死の不可視化がもたらす「生と孤立の構造」を、お釈迦さまの思想との対比から考察します。 -
雑記
現代の孤独の正体
ショーペンハウアーの「同苦(共苦)」の思想を軸に、都市生活における孤独の正体を考察します。 -
雑記
老いが暴く「同苦」が成立しない世界
老いは次第に社会の脇に追いやられ、公けに語られにくくなってきています。ショーペンハウアーの「同苦」を手がかりに、老いが表している現代社会の分断構造と共感することの行き詰まりを暴き出す過程を考察しました。 -
雑記
「わたしだけの苦しみ」という病
初期仏典の最も古い部分に見られる修行者の「問い」を介して見えてきた現代社会の課題と大乗の在り方について取り上げてみました。
