分派は、なぜ生まれたか

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はじめに

前回の記事で、文字化された仏説をめぐる事の成り行きを、ヴィトゲンシュタインの言語哲学を補助線として眺め直してみました。

言葉は生活形式の中で働いてこそ意味を持つ。文字化はその一体性に変化をもたらし、言葉が生活から切り離されて読まれる事態を生んだ——そうした見方を提示しました。

今回はその続きとして、もう一つの問いを考えてみたいと思います。文字化が解釈の揺れを生むとしても、なぜそれが明確に分かれた学派として歴史に現れてきたのか、という問いです。

仏教の歴史には、根本分裂と呼ばれる出来事があります。

お釈迦さま亡き後、教団は上座部と大衆部に分かれ、その後さらに細かく分派していきました。読み手それぞれの解釈の違いが、なぜ個人的な意見の差にとどまらず、共同体の分裂にまで至ったのか。

この問いを掘り下げるために、再びヴィトゲンシュタインに登場してもらいます。今度は「規則に従うとはどういうことか」という、彼のもう一つの有名な議論です。

規則は、規則自体の中にはない

ヴィトゲンシュタインはこう問いました。

たとえば「2ずつ足していけ」という規則を与えられたとして、わたしたちはなぜ1000の次に1002と書くのか。規則そのものは、紙の上に書かれた文字でしかない。1000の次に1004と書く者がいたとして、彼が規則を間違えていると、規則自体からどうやって示せるのだろうか。

この問いは、一見すると言葉遊びのようにも聞こえます。「2ずつ足す」のだから、1000の次は1002に規則で決まっている——そう答えたくなります。しかしヴィトゲンシュタインは、この「決まっている」という感覚そのものが、どこから来ているのかを問うているのです。

彼の答えは、こうでした。

規則の正しい従い方は、規則そのものの中には書かれていない。それは規則を共有する共同体の実践の中にしかない

「2ずつ足す」が何を意味するかは、その規則を使って計算する人々の生活の中で初めて確定します。

学校で計算を学び、日常で数を数え、買い物で釣り銭を計算する——そうした共同の実践の積み重ねの中で、「2ずつ足す」の意味が固まっていく。規則は紙の上の文字だけでは生きていない。それを使う人々の生活の中で初めて、規則は規則として働き始めるのです。

これは、哲学的パラドクス(クリプキ=ウィトゲンシュタインのパラドクス)を説明するための有名な事例です。

経典という「規則」

この論点は、文字化された経典をめぐる事態に、ひとつの光を投げかけます。

経典が文字として固定されたとき、その「正しい解釈」は、経典自体の中には書き込まれていません。これは少し驚くべきことかもしれませんが、ヴィトゲンシュタインの議論を踏まえれば、当然の帰結です。

どんなに精密に書かれた文章であっても、その意味は文章自体の中で完結していない。意味は常に、それを読み、それに従って行為する共同体の実践の中にしかないのです。

経典の場合、その実践とは修行です。修行という生活の中で、経典の言葉は意味を持って働きます。逆に言えば、修行という生活形式が変われば、同じ経典の同じ文字を読みながら、読まれる意味も変わっていくということです。

そして共同体は、地理的にも、歴史的にも、必ず分散していきます。

お釈迦さま亡き後、弟子たちは各地に散り、それぞれの土地で修行共同体を営みました。土地が違えば、暮らしの細部も違います。気候、食、言語、隣人との関係——すべてが少しずつ違う。そうした違いの中で、修行の生活形式もまた、少しずつ分かれていきます。

分派の発生をどう見るか

ここから見えてくるのは、根本分裂以降の分派発生について、ひとつの捉え直しです。

分派は、単に経典の解釈をめぐる知的な意見の相違から生まれたのではありません。もっと深いところで、修行共同体の生活形式そのものが分岐していった結果として、解釈の違いが現れてきた、と見ることができます。

これは順序の問題です。「まず解釈の違いがあり、それが共同体の分裂を引き起こした」のではなく、「まず生活形式の分岐があり、それが解釈の違いとして現れてきた」という順序です。

文字としては同じ経典を共有していても、それを読む生活の形が変わっていけば、読まれる意味も変わっていく。そして、ある程度まで生活形式が分岐すると、もはや同じ経典を共有しているとは言えなくなる。分派は、そこから始まります。

以前の記事でわたしは、分派の発生について「読み手の解釈の違い」として描きました。

これは間違いではありませんが、ヴィトゲンシュタインの補助線を通して見ると、解釈の違いの背後には、生活形式の分岐があるということが見えてきます。文字が解釈を分けたのではなく、文字を読む生活が分かれていった。この見方の方が、事態の深層に近いように思えます。

思想の入り口へ

ここまで、二つの記事にわたって、文字化された仏説をめぐる事態を眺め直してきました。最後に、ヴィトゲンシュタインを脇に置いて、初期仏典の言葉そのものに戻りたいと思います。

記事「文字で残されたもの」の前段で、わたしはこう書きました。漠然とでもお釈迦さまの思想に触れることが肝心であり、そのための入り口は様々な選択肢があった方がいい、と。

この言葉の意味が、二つの補助線を通った今、少し違って見えてきます。

経典の「正しい解釈」を文字の中から取り出そうとする態度——これは、言葉を生活から切り離して、それ自体として眺める態度です。この態度のままでは、どれだけ精密に読み解いても、お釈迦さまの思想に触れることにはなりません。文字の上で意味を確定しようとするほど、思想は遠ざかっていきます。

そうではなく、お釈迦さまの言葉を自分の生活の中で働かせること。日々の暮らしの中で、その言葉と共に在ること。聞法という修行が示しているのは、まさにこのことです。聞いて、自分の中に取り込み、生活の中で消化していく。そうした営みの中で初めて、言葉は意味を持って働き始めます。

ヴィトゲンシュタインが20世紀になってようやく言語哲学の言葉で取り出した洞察——言葉は生活の中でこそ意味を持ち、共同体の実践の中でこそ規則は規則として働く——は、初期仏典の伝承形式が抱えていた事情の、ひとつの側面を明瞭にしてくれました。

けれども初期仏典が示している風景は、それより遥かに広いものです。聞法、声聞、修行の段階構造、変容としての伝承——これらは、ヴィトゲンシュタインの窓からは見えない、もっと広い風景です。

文字として残された仏説は、その広い風景への入り口です。入り口は入り口にすぎません。そこから先は、それぞれの読み手が、自分の生活の中で歩いていくほかありません。

「ああでもない」「こうでもない」と思考が巡ること自体は、構いません。むしろ、そうやって思考が動き始めること自体が、入り口に立った印かもしれません。大切なのは、

その思考を文字の上で完結させずに、自分の生活の中に持ち帰ること

そこで言葉が働き始めるかどうかを、自分の暮らしの中で確かめていくこと。

お釈迦さまの思想は教えではない、と前段の記事で書きました。ここでも同じことが言えます。お釈迦さまの言葉は、文字の上で正解を取り出すべき教義ではなく、自分の生活の中で働かせるべき生きた言葉です。

そのことを忘れない限り、文字として残されたものは、いつでもわたしたちの入り口であり続けてくれるのです。

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