初期仏教テキストを読む– category –
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初期仏教テキストを読む
死に向かうときに寄り添う言葉―ヴァッカリーとブッダの対話から
サンユッタ・ニカーヤのヴァッカリーの対話を手がかりに、身体の老いにとらわれず、恐怖や後悔を和らげながら、心を軽くしていくための視点をやさしく解説します。 -
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塔を起てて供養せよ──「供養」の本義をたずねて
ブッダの「塔を起てて供養せよ」は、魂の慰めではなく、法を生きる実践の指針である。供養とは、縁起の流れを自覚し、感謝と敬意を日々の行いに映すこと。 -
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現代人の不安と無我
デカルトの「我思う、ゆえに我あり」に象徴される近代的自我を見直し、お釈迦さまの仏説に基づく「無我」の智慧から、変化を恐れず生きる道を考察します。 -
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(わたし)から「わたし」へ
( )付きのわたしとは何か。わたしを巡る考察の一般論です。 -
初期仏教テキストを読む
仏説の本質
仏教が宗教化して数千年。わたしたちは、仏教の本質を見通せない現状に気が付いてもいません。如何にこころにお釈迦さまの言葉を認知させることが出来るかで、二世の行く末が左右されます。 -
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無我とは ― わたしたちが今、すでに在る姿
「無我」とは、分かり難いこともあってか、お釈迦さまの教えの中でも論考の多い項目です。論述する必要性を感じているわけではありませんが、わたしが感得したことを書いておきたいと思いました。 -
初期仏教テキストを読む
[文字]で残されたもの
ブッダの思想は資料としてたくさん残っています。これら思想を文字として残すことについて考察してみました。 -
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仏教とはいったい何なのか?
仏教とは信じる宗教ではなく、組織や形式を超えて「自らの中の真理に気づく」ための道である。 -
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人の価値を決めるもの
わたしは若い頃に、今にしては少し恥ずかしいある種の価値観をもって生きていました。その価値観のとは人の価値についてです。わたしの若き日の迷走と経緯を記事にしてみました。 -
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ネット社会における口罪
ネット社会は、自由な発言を享受できる一方、こころない発言は人を簡単に傷つけてしまう諸刃の刃です。目に見えない世界から観たネット社会の現状を記事にしてみました。
