2025年– date –
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思想エッセイ
中間コミュニティのカタチ
仲良くなることを目的にしない「中間コミュニティ」という視点から、町内会や地域、職場のつながりを見つめ直します。濃すぎず切れすぎない関係が、現代社会にどんな余白をもたらすのかを考える記事です。 -
楽に生きる
過去を振り返り未来を想うと、なぜかいまが見えなくなる
生産性や成果で自分の価値を測るほど、人生は細くなります。時間の直線に縛られず「いまここ」に戻ることで、ありのままの自分を取り戻すヒントを綴ります。 -
思想エッセイ
わずかな間が紡ぎ出す生活の余裕
SNSや通知で「間」が消え、刺激→感情→反応が加速する現代。終わりのないスクロールや数値評価、生活の細切れ化がこころのゆとりを奪う構造を整理し、日常動作の「作務化」で間を取り戻す入口を提案します。 -
初期仏教テキストを読む
自分の完成に疲れた人へ
自己を磨き、完成させよ。資本主義社会に生きるために究極の命題です。実は、お釈迦さまは、この真逆の方向性を示されています。 -
初期仏教テキストを読む
『PERFECT DAYS』に観る、暮らしに「間」を取り戻すということ
映画『PERFECT DAYS』をきっかけに、情報化社会で失われつつある“間”の大切さを考察。SNS疲れを抱える現代人へ、日常に静けさを取り戻すための小さな工夫と仏典に見える智慧を紹介します。 -
雑記
思い出すこと
このブログを始めて2年半年が経ちました。伝えることの難しさを身をもって知ることもできました。一方で、この説教じみた記事に、お付き合い頂き深く感謝申し上げます。 -
禅定
悟りとは、因縁の果 ─ “ただ座る”を超えて
「誰でも座れば仏になれる」という言葉は、ブッダの直接の教えではなく、後に仏教が設けた方便にすぎません。本記事では、因縁・修行・方便の本質を見つめ直し、座ることの本当の意味「いまを生きるこころ」について考察します。 -
思想エッセイ
形をめぐる争い──『薔薇の名前』に見る宗教と人の幸せの距離
形式に囚われた信仰の危うさと、ブッダの「形を離れてこころを見よ」という思想の共鳴を探ります。 -
初期仏教テキストを読む
『薔薇の名前』──名と色のあわい
『薔薇の名前』はわたしの好きな映画のひとつです。そこから見えるお釈迦さまの思想を読み解いていきます。 -
縁
願い事が叶わない理由 ― スピリチュアルの罠と、ブッダが示した本当の近道
願い事が叶わない本当の理由を、スピリチュアルの限界とブッダの縁起の思想から解き明かしてみました。
