思い出すこと

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はじめに

ブログを始めて、もう二年半以上が経ちました。ここまで続くとは思っていませんでしたが、たとえお一人でも読んでくださる方がいることは、何より続ける励みになっています。

気がつけば、今年も十二月。師走です。

振り返ってみると、今年は還俗(僧侶を辞めること)したり、電子書籍を出版したりと、老いが進んでいるとはいえ、それなりに動きのあった一年でした。
一方で、こころの中が整理されていくほどに、世の中のカテゴリーから距離が生まれていくような、不思議な断絶感が強まった年でもありました。

読者の方を意識しつつ書くこともありますが、基本的には独り言に近い内容です。そんなブログでも、読んでくださる方がいることに、時折感心することがあります。

さて、歳を重ねると、ときどき故郷のことを思い出します。今回は徒然な思い出話しに少々付き合ってください。

思い出すこと

幼い頃、夕方になると、決まって歩いた散歩道がありました。

一級河川沿いの土手で、子どもの頃はそこを「とも」と呼んでいました。おそらく「塘(とも)」のことなのだろうと今では思いますが、当時は意味など知る由もありません。今では整備され、コンクリートで固められていますが、昔は名も知らない草々が燃え立つように生い茂り、圧倒されるほどの生命力があふれていました。

そのなかには、どこか不気味さが混じるような気配もありましたが、むしろそれが心地よく、近代以前の日本の風景を思わせる場所でもありました。

対岸には被差別部落があり、そこの人々は豚舎を営んでいました。子どもたちの間では「豚小屋」と呼び、風向きによっては豚舎の匂いが町全体に広がることもありました。

匂いといえば、「とも」に集まっていたホームレスの人たちのことも思い出します。「とも」にはJRの鉄橋がかかっており、そのたもとには何人かのホームレスのたまり場でした。

子どもたちで、「とも」に生えていた枯草をチャンバラごっこの刀代わりにしようと取り出していると、「これを使え」と、彼等の一人が持っていたナイフの使い方を教えてくれたり、雑談をしたりすることもありました。そのときに感じた強烈な匂いは、今も忘れられません。

社会の抱擁感

誰でもそうだとは思いますが、子供の頃のわたしは、一人の人間を人間として見るだけで、職業や境遇といった周囲のラベルにはまったく関心がありませんでした。
今思えば、あの素朴な眼差しが許されるほどに、世間そのものに余白があったのだと思います。

思い返すと、当時の社会には、どこか「何をしても生きていける」という抱擁感のようなものが漂っていました。
完璧でなくてもよい。立派でなくてもよい。はみ出しても、つまずいても、誰かが拾い上げるでもなく、しかしいつのまにか生き延びている──そんな曖昧な許容の空気が確かにありました。

そして、その抱擁感は、社会のあちらこちらにあった“隙間”が生み出していたのだと思います。
屋根の傾いた民家、土壁の塀だけが残る道端の空き地、何を祀ってあるか不明な祠、商店街の裏道──。
そこには、名前のつかない仕事をしている大人や、居場所を自由に選べない人々が、ひっそりと身を寄せていました。

幼心に、その風景は少し怖く、同時にとても自然なものでもありました。
彼らは社会の端にいるように見えて、実は“社会の底”を知らずに支える存在でもあったように思います。
あの人たちがいたことで、「どんな人でも、どこかで立っていられる」という感覚が世間全体に生まれていたのかもしれません。

今の世の中は、あまりにも隙間なく、きれいに整いすぎてしまいました。
はみ出す場所も、立ち止まる余地も、かつての風景とともに失われていったように感じます。

あの頃、夕暮れの土手を歩きながら見ていた風景には、人が生きることの“揺らぎ”や“にじみ”がそのまま残っていました。
それは決して美化された昭和の記憶ではなく、「人が社会に抱かれていた時代」の実感として胸に残っているのだと思います。

おわりに

それから数十年が経ち、ある朝、娘を学校へ送り出すとき、ランドセルの脇に掛けられた防犯アラームをふと目にしたとき、わたしの幼い頃とはまったく違う時代に子どもたちが生きていることを思い知らされ、何とも知れない寂しさを感じたことがあります。

そして、「防犯ベルは必ず持って行くものだ」と当たり前のように思う世代と、かつてのわたしたちの間には、一体どんな変化が起きたのだろうかと思いを巡らせていました。

そんな記憶をときどき思い返しながら、これからも、静かな独り言のようにブログを書き続けていけたらと思っています。

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