執着の残骸と、サンガの自立

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はじめに

時間を今から7年ほど前に戻してみます。

現代社会において、地縁や血縁といった「中間コミュニティ」が希薄化する中で、その頃、わたしは言いようのない寂しさと不安を抱えて生きていました。

かつての人間同士の繋がりの中にこそ「生きる喜び」があると考え、失われた共同体に対して、憧憬というよりは「傾倒」に近い想いを抱いてきたことは否めません。

しかし、お釈迦さまが築いた修行者の集団「サンガ」の在り方に触れたとき、その傾倒の正体が見えてきました。

宗教的コミュニティに潜む「依存」の構造

一般的に「宗教的な集まり」には、神仏という絶対的な存在や、組織という強固な枠組みに身を委ねることで安心を得る、という「依存」の側面が強く含まれます。

わたしは今、神や仏を「主体」と見なす存在観から離れています。

神や霊は確かに存在しますが、それは人の「縁起」が織りなす現象が人格的な像として投影されたものであり、決して、人格や個性を備えた「独立した主体」ではありません。人々の認識を超えて実在する「個別の意思」ではなく、関係性のなかにのみ現れる現象であると、わたしは確信しているのです。

しかし、出家した当時は少し事情が違っていました。不可思議な体験に追い詰められていたこともあり、神仏を中心とした集まりに、かつて抱いていた「人との繋がり」への憧れのようなものを重ねていたのも確かです。

振り返ってみると、わたしがコミュニティを求めていたこころの奥底には、自分一人では抱えきれない不安を、神仏の慈悲や集団の連帯感によって、どこかで「肩代わりしてほしい」と願う甘えがあったのかもしれません。

画像はイメージです。

孤独は望んでいましたが、何かに属し、何かに守られることで、「世界からの孤立」という現実から目を逸らそうとしていた一面があったと思っています。これこそが、わたしの内にあった「執着の欠片」です。

それは日常的に意識されるものではなく、コミュニティという存在を志向した瞬間に、深層から浮かび上がってくるものでした。

執着の欠片への意識化

思えば、わたしのコミュニティへの渇望は、個人的な人間関係の欠落を埋めようとする、切実な代償行為でもありました。

ただし、妻や娘に対しては事情が少し異なります。彼女たちに対しては「傾倒」というよりも、むしろ、わたしがいなくなった後に彼女たちが自立して生きていけるようにという願いのほうが先に立っていました。そのため、そこには執着のかたちが生まれる余地はなかったように思います。

こうしたコミュニティへの渇望が、わたし自身の中で顕著に現れた出来事を、寺院で経験しました。

わたしの亡き父は怒りっぽく強権的な人で、実兄もまた、身内であっても利用して自らの利益を最優先する、きわめて独善的な人物でした。そうした家庭環境の反動もあったのでしょう。かつて寺院に属していた頃、わたしは俗っぽさもありながら人間味にあふれていた一人の兄弟子に、父や兄の理想像を重ねていました。そして、こころから慕っていたのです。

しかし、その兄弟子が亡くなったとき、わたしは底知れぬ喪失感に襲われると同時に、自分のこころのありようを、否応なく突きつけられることになりました。

わたしが求めていたのは純粋な修行の道ではなく、コミュニティや特定の個人を「理想の家族」に見立てた、未熟な依存だったのではないか。

兄弟子の死は、わたしの根底に深く巣くっていたその執着に気づく、非常に重要な、そして痛みを伴う契機となりました。

「家族」という最小単位すら持たないサンガの峻烈さ

それに対して、お釈迦さまのサンガは驚くほど徹底しています。

コミュニティの中に「家族」という、最も情愛深く、かつ依存しやすい最小単位の形態すら持ち込まなかったのです。 通常の中間コミュニティは、個人の安心や集団の維持を目的としますが、そこには必ず「身内」への執着と「他者」への排他性が生まれます。

西洋的な「家族の型」に影響を受けて育ったわたしにとって、サンガはこれまでの常識を覆す組織でした。

サンガは、家族も財産も、さらには「自分を救ってくれる特定の誰か」への執着すら手放すことを前提とした集団でした。それは、わたしたちがイメージする「温かな拠り所の場」とは一線を画す、どこまでも個の自立を求める場であったと言えます。

「四方僧伽」—— 依存を超えた広がり

サンガには「四方僧伽(しほうそうぎゃ)」という概念があります。今、目の前にいる仲間や、特定の「誰か」だけに固執するのではなく、世界中の、そして過去・未来の修行者すべてが志を分かち合っている、という開かれた考え方です。

これこそが、依存や執着を伴わない繋がりの真の姿ではないでしょうか。「わたしの父や兄の代わり」を誰かに求めるのではなく、同じ志を持つ者が時空を超えて緩やかに繋がっている。

その穏やかな信頼感さえあれば、たとえ特定の誰かが隣にいなくても、わたしたちは独りではないはずです。そう腑に落ちた時、わたしのコミュニティへの傾倒、ひいては執着の「欠片」は「残骸」へと変わっていくことになります。

おわりに

中間コミュニティの崩壊を嘆くことは、裏を返せば「何かに依存しなければ自分を保てない」というこころの弱さの吐露でもありました。

サンガという「家族すら持たない集団」が示したのは、徹底して孤独(個)を引き受け、神仏や集団、あるいは特定の個人(お釈迦さまを含めて)への依存すらも削ぎ落とした者同士が、法のもとにフラットに居合わせるという、究極に自立した連帯の姿でした。

画像はイメージです。

七年前、兄弟子を失ったことで、わたしは「失われた場所」や「身代わりの救い」を外側に追い求める自分を捨てることができました。それでも、時折、今では「残骸」となってしまったコミュニティへの傾倒を懐かしく想うことがあります。

自分自身がどう在るか。

固定的な「わたし」からの完全な離脱を目指し、世界と誠実に向き合っていきたい。兄弟子の死をきっかけにして、これまでわたしが積み上げてきた信念です。

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