社会が作り出す目に見えない世界

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はじめに

市場経済が人のこころに及ぼしている影響についての言及は今回で最後となります。

かつて、わたしたちの世界には明確な「境界線」がありました。

その向こう側には、幽霊や神仏、精霊といった「不可思議なもの」が息づいていました。このブログでかつて取り上げていた「目に見えない世界」です。

それらは畏怖の対象であり、ときに不気味で避けたいものでしたが、同時に、人知を超えた不条理や「死」という不可解な出来事を受け止めるための、ある程度共有されていた領域でした。

人々は、目に見えない世界を恐れながらも、それと共存することで、生と死のバランスを保っていたのです。

石垣島のガジュマルの木

しかし、現代の合理主義と市場経済の加速は、この古い境界線を突き崩しました。科学が闇を照らし、かつての幽霊たちが居場所を追い払われる一方で、わたしたちは別の「目に見えないもの」を作り出し、それを境界の向こう側へと追いやるようになりました。

それが、ここ最近記事に取り上げている、他者の、そして自分自身の「苦しみ」です。今回は、市場経済という怪物が、新たに作り出した目に見えない世界について言及してみます。

「間」を許さない社会の拍動

市場経済は、わたしたちが追いつけないほど速度を上げて変化しています。一分一秒を争うスピードの中で、市場経済は「共有できないもの」や「停滞を招くもの」を嫌います。

日々の生活の中で、わたしたちはある種の「強迫観念」にさらされています。例えば、テレビ番組を観ていると、タレントやレポーターたちが、わずかな沈黙でさえ必死に取り繕おうと、言葉を詰め込み続けている様子も象徴的です。まるで、意味のない「間」が生じることが、何か決定的なものを壊してしまうかのように感じられてしまいます。

画像はイメージです。

この「間」を埋め尽くそうとする焦燥感は、メディアの中に限った話ではありません。

効率化が「社会から脱落しないための条件」となった現代社会において、意味や価値をすぐに数値化できない時間は、社会の仕組みの中では「止まっているもの」と見なされてしまいます。この流れに乗って、「為すべき自分」や「タイパ・コスパ」が育っていきました。

かつて霊的なものに向けられていた「忌避」の感情は、今やこうした「生産性のない空白」や「共有しにくい重い出来事」へと向けられているのです。

効率化という名の濾過装置

市場経済のベルトコンベヤーの上では、「共有できないもの」や「停滞を招くもの」は脇に置いて行かれます。

深い沈黙を伴うような誰かの老い、病、あるいは喪失。それらは、誰にとっても重い出来事です。一方で、重い出来事というものは誰も見たくないし、視界内に置いておきたくないものです。

この現代人の集合意識が空気となって、現代社会を「苦しみ」の見えない世界へと誘っていったと、わたしは考えています。不穏なもの不明なものを含む古いものを壊し、常にアップデートし続ける社会のあり方です。

かつてわたしたちの外にある幽霊が「境界」の向こう側に追いやられたように、現代ではこういった「効率を乱すような重い出来事」すなわち、わたしたちの中にある「苦しみ」が境界の向こう側へと追いやられています。

社会は、わたしたちは苦しみを分かち合う作法を忘れたことにして、ただ言葉と効率で表面が塗り固められた仮想現実を生きなさいと無言の提案をしているわけです。

現代版「姥捨て山」の風景

生老病死がブラックボックス化している現状を前回の記事で書きました。

システム化によってブラックボックス化された「生老病死」は、人々の意識から切り離され、まるで「自分には関係のない出来事」へと変質していきました。

この流れが行き着く先は、物理的な山ではありません。わたしたちのこころのなかに構築された、「意識の姥捨て山」です。それが、これも「目に見えない空気」という村意識に変わる新たな同調圧力によって醸成されてきています。

だからといって、不用意に社会のベルトコンベアーから無理やり降りてもケガをするだけです。現状を受け入れつつ、意識的に自分の生きる気概を養うようにすることが肝要です。

まとめ

故郷の固有の風景や、土地に根ざした暮らしが、どこへ行っても同じ「コピペされた都市郊外の風景」に置き換わっていくように、わたしたちの内面もまた、均質化され、無機質なものへと変貌しています。

「この光景こそが当然なのだ」という無言の風潮。それこそが、わたしが日頃から感じていた、あの無機質でカサカサとした社会の正体です。

そこには潤いのある繋がりはなく、ただ利害関係だけが乾いた音を立てて響いています。効率という物差しから外れ、役割を持たない者の苦しみは、誰に触れられることもなく、いつの間にか新たな目に見えない世界へと追いやられて行きます。かつての幽霊たちのように。

加速する効率化の根底で、ゆっくりと「目に見えない世界」を作り出しているこの社会こそが、わたしには何より恐ろしい「怪物」のように思えてならないのです。

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