はじめに
今回お話しするのは、わたしが出家して間もない頃に経験した、最初の家祓いの出来事です。
それは、一人のおばあさんが孫娘のことを相談に寺院を訪れたことから始まりました。
おばあさんからの依頼
おばあさんは信心深い方で、いつも寺院を大切にされていました。
その孫娘が、何度も流産を繰り返しており、医師に診ても原因が分からない。
切羽詰まった末に、助けを求めて寺院にやって来られたのです。
住居の傍の池
おばあさんの話を聞いた住職は、さっそく神通を用いて孫娘の状況を見られました。
すると、住居の傍にある池の中から——
髪も爪も長く伸びた一人の女性が現れ、
孫娘のお腹の子をさらっていく姿が見えたのだそうです。
実際住職がおばあさんに孫娘の住居について確認すると、孫娘の住まいは本当に池のそばのアパートの一階でした。

住職はすぐに、おばあさんへ「できるだけ早く引っ越しなさい」と伝えました。
また、その池の女性とは何らかの因縁のつながりがあり、
引っ越してもついてくる可能性があるため、
転居先では必ず家祓いを行うよう勧められました。
家祓いの準備
わたしは出家して半年ほど。
そのころようやく修行生活にも慣れはじめていた時期でした。
今回の件は、わたしの初めての実務としての家祓いを任されることになったのです。
数日後、孫娘から「転居が済みました」と連絡があり、
家祓いを行う日が決まりました。
新居は寺院から車で三時間ほど離れた場所です。
家祓いでは、神々の労をねぎらう意味を込め、
依頼者が自ら供物を用意します。
それが依頼者の功徳となり、祓いの利益(りやく)を受けるのです。
わたしは当日まで、神の乗り物である幣束(へいそく)を作り、
それを立てるための姫竹を山へ切り出しに行くなど、
慣れない準備に追われてあたふたしていたことを覚えています。
家祓い当日
新居はメゾネットタイプのマンションの二階でした。
窓から見下ろすと、すぐそばに八幡宮が見えます。
家祓いは神事にあたるため、
その土地に神社がある場合は必ずご挨拶に伺い、
「これから家祓いを行わせていただきます」と理(ことわり)を通します。
神社で僧侶が祈祷している姿は珍しいらしく、
参拝者たちの視線が一斉に集まったのを今でも覚えています。
家祓いを司るのは、寺院の守護神である龍神様です。
龍神様は右回りに巡る性質を持つため、
家の中の柱を右回りの順に打ち込んでいくよう、段取りを整えます。
途中、台所のあたりで重たい気配を感じました。
どうやら前の住人が日常的に愚痴をこぼしていたようで、
その「悪想念」が空間にこびりついていたのです。
そこも丁寧に清め、最後の柱に札を打ち込み、
無事、初めての家祓いを終えることができました。

家祓いのあと
帰り際、ふと孫娘の後ろに小さな女の子の姿が見えました。
もちろん、一般の人には見えていません。
楽しそうに走り回りながら、母親のそばを離れようとしない、
髪の毛の長い元気な子でした。
その後の詳しい話は届いていませんが、
今ではきっと、母子ともに健やかに暮らしていることでしょう。
おわりに
家祓いを終えたその夜、出家して日も浅いわたしは、
布団の中でこんなことを考えていました。
「本当に、これで家祓いはできたのだろうか……?」
そんな不遜な疑念を抱いたまま、うとうとし始めたその時——
突如、頭の中で力強い声が響きました。
「わしが祓ってやったんじゃあ!」
次の瞬間、何かに鞭打たれたような衝撃が走り、
わたしは思わず布団の中で頭を抱えました。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」と、
何度も何度も心の中で謝っていたのを覚えています。
それ以来、龍神様には幾度となく守っていただき、
また、時に厳しくご指導を受けてきました。
あの初めての家祓いは、
わたしにとって「神と人との本当の関係」を学ぶ最初の一歩だったのです。








